何ができるかも大事だけど本当は何をしたいかを見せるのもポートフォリオ。そう思って僕は「次の自分」を描いています ―― カイブツ 石井正信氏インタビュー
プロフィール紹介
石井 正信氏
株式会社カイブツ イラストレーター・デザイナー・アートディレクター
1985年生まれ静岡県沼津市生まれ。
日本大学藝術学部デザイン学科卒。
今でこそカイブツでは古株の存在。しかし、入社当時に提出したポートフォリオは、決して絶賛とは程遠かった
―― この度は、インタビューに応じていただき、ありがとうございます。いきなりですが、石井さんのポートフォリオの制作体験について聞かせてください。
石井氏:やっぱり皆さんと同じように大学在学時がはじめてですかね。就職活動のために作りました。デザインができるプロダクションへの就職を希望していたので、評価してもらいやすいように実際の広告をイメージしたものと、自分の個性が見せられるイラストレーション中心のものを2通り用意していました。それでなんとかグラフィックデザイナーとして就職することができたのですが、就職してからも4年間は年に1回ぐらいでポートフォリオを作るということをやっていました。誰かに見せるというより自分のやりたいことの方向性を確かめるというか、自分のスキルの状況も含めて自分の位置を知るための行為だったように思います。
―― カイブツに転職された際にはそのポートフォリオを持ち込まれたわけですね。それはどんなものだったのですか?
石井氏:ほとんどが自分のプライベートで作ったものだったんです。全体の9割が個人的制作物で、いわゆる仕事での実績を表すコンテンツは1割程度。前者にはちょっとグロテスクなタッチのとても仕事に繋がるとは思えない作品もあって、これを「ポートフォリオです」と言って出した自分は、なかなかのものだったなと思います(笑)。今じゃ恥ずかしくて当時のものはちょっと見せられないですね。
――でも評価されてこのカイブツに採用になったわけですよね?
石井氏:いえいえ、評価というより代表の木谷の反応は「ふ〜む」って感じで、内心はどうだったんでしょう。結果として入社できましたが、決して楽勝ではなかったと思います。
僕はカイブツのそれまでの仕事を知っていて、どうしても入りたいと思っていました。でも、自分のスキルをある程度わかってもらうにしても、その背景にある自分のやりたいことがちゃんと伝わらないと、どんな会社に入っても上手くいかないんじゃないかと思っていたんです。だからニーズを考えてウケのよさそうな作品だけを並べるということはしなかったんです。
気付くと僕ももう7年もカイブツにいて、デザイナーとしては古株で、新しい人の採用にもタッチすることになっています。それでもその考えは変わらなくて、人のポートフォリオを見せてもらうときに気になるのは技術的なことばかりではなく、その人が本当は何が好きでどんな仕事をやりたいと思っているのかということなんです。だって、クールなデザインが好きな人にかわいいデザインばっかり頼んでいてはよい結果に繋がらない。それに、まわりに誤解されながら仕事をしていくのって大変じゃないですか。
Webはあくまで共同作業。「自分が作った」と言えるイラストをポートフォリオに載せたい
――カイブツに入社されてからはご自身のポートフォリオを作られていないんですか?
石井氏:作りたい気持ちはあるのですが、忙しくてなかなかチャンスがないのが正直なところです。作るとしたら今でも個人制作物をメインとしたいです。それに実績をポートフォリオに載せるにしてもできるだけ自分がどこを担当したか簡潔に言える作品を載せたい。カイブツで手がけるWebやイベントのクリエイティブは多くのメンバーが関わって作った共同作品なので、どれを載せるか悩ましいところです。100パーセント自分の手で作ったものなどないですが、今はイラストをメインとして参加できた仕事を載せたいですね。
――実績ということになると思いますが、最近の石井さんのお仕事の中でポートフォリオに載せたいと思う作品はありますか?
石井氏:今年の2月に表参道で「君と免疫。展」という展覧会が行われました。カイブツがアートディレクションを担当しており、展覧会自体はバルーンアートがあったり、プロジェクションと立体物を合わせた展示があったりと、多様なアーティストによる作品を見せるものでした。僕は「君と免疫。展」のテーマとなる10数点の免疫細胞の想像図のイラストを担当しました。 ちなみにこれはそのうちの1点の樹状細胞のイラストです。
―― これは確かにコマーシャルイラストというよりアートの領域ですね。どれくらいの期間で描かれたんですか?
石井氏:1点で1週間ぐらいかかりました。最初はカラーでなんていう話もあったのですが、クオリティを見てこのスタイルに落ち着きました。すべて、手描きでつけペンで描いています。
―― 本当に手描きなんですね!
石井氏:これも最初はPhotoshopで仕上げをするつもりでいたんですが、最終的には手描きの原画を展示することになりました。展覧会の当日までペンを動かしていました。終わらなさすぎて、変なハイテンション状態で描いてましたね。
展覧会に来た人にも勘違いされたのですが、このイラストはあくまで想像図なんです。実際の免疫細胞はアメーバのようなもので、イラストのような見た目とはまったく違います。細胞の特性をテキストでいただき想像を膨らませつつ、内部組織などは水中の軟体生物などを参考にした、ほとんど僕の想像です。だから一つひとつのイラストに自分なりのリアリティを持たせるのに最後まで苦労しました。
―― 反響も大きかったのではないでしょうか。
石井氏:わずか2日間の展示だったのですが、4000人の来場者が訪れて、列をなす程の盛況となりました。またこの免疫細胞のイラストは本当の免疫の学術書の表紙に使われることになりました。またあるミュージシャンのCDジャケットにも採用していただきました。自分の作った作品がこんな形で広がりを見せるのは僕にとっても初めてのことでした。
「いいね」よりも「凄い」「ヤバい」と言ってもらえる作品を。ニーズにあったものだけでなく、自分が挑戦したいクリエイティブを見せる
―― 今回はその「君と免疫。展」の作品で『MATCHBOX』でポートフォリオを作ってみていただきたいです。
石井氏:はい、早速やってみましょう。アカウントを作って、ログインして。後は自分の作品がWebでもハードの中でも画像やムービーのファイルで調達できればこれでポートフォリオの制作環境がほぼ完成ということですね。フォントはゴシック、背景はこの作品の場合やっぱり白。作品に対する解説は、質問に答える形でほとんどできていきますね...。
待つこと数分。石井氏のポートフォリオが完成
―― 『MATCHBOX』を使ってみた感触はいかがですか?
石井氏:思っていた以上にすごく簡単です。「この作品についてポートフォリオを作りたい」と決まっていたら、特にデザイナーでなくてもサクサク作れてしまいますね。絵を描く立場からいうと、シンプルでスタイリッシュな仕上がりが、作品に注目を集めてくれるのでとてもよいと思います。
―― 逆にどこか改良すべき点や難しかったところはありますか?
石井氏:画像の配置のしかたにはまだ改良できるところもありそうですね。作品に対する質問に答えていく感じで解説をつけられるんですが、用意されているワードを選択するとどうもしっくりこない場合もある。でもそこが『MATCHBOX』のよいところでもあって、自分の言葉で代わりに書けるようにもなっていて、これを見る人がどんなところを解説してほしいと思うのかを教えてくれているように思えるんです。ポートフォリオを作ることで改めて自分の作品を客観視できるのがよいですね。転職目的だけでなくても、クリエイターなら『MATCHBOX』に自分の近々の作品を掲載して、更新し続けるというのも1つの方法なのではないでしょうか。
―― 最後に『MATCHBOX』を使ってポートフォリオを作るクリエイターの皆さんにメッセージをお願いします。
石井氏:アートではなくコマーシャルで仕事をする者として、クライアントやスポンサーなどのニーズにあったものを作れるということは大切です。でもそれを考えるあまり、自分がそこで挑戦したいクリエイティブを行わないのは、結局誰もが作る普通の作品しか生まないクリエイターになってしまうのではないでしょうか。普通にやっていたら僕より上手い人はたくさんいます。だからこそ、「いいね」と言ってもらうより、「この人おかしい」「なんかヤバい」と言ってもらえる作品作りをしたいと思っています。
このスタイルで仕事ができるようになったのは、僕のものづくりを理解してくれ、もっと見たいと思ってくれる人たちとの出会いがあったからに他なりません。でもそれは偶然ではなく、いま見ると恥ずかしいような昔のポートフォリオや、都度チャレンジしてきた作品があるからで、だからこそいくつものチャンスをもらえているのだと思います。転職でもプレゼンでも、単に求められるものを作るのではなく、自分の本当の思いを込めたポートフォリオを作ってみてはいかがでしょうか。
インタビューを終えて
京都の由緒ある寺院で大規模なIPタイトルの展示イベントや10年以上続く体験型ゲームイベントのデザインなど、カイブツを舞台に多彩な才能を発揮する石井氏。学生時代に出会った漫画作品にも影響を受けており、週刊とは思えない描き込みと表現に圧倒され、自分もそんな情熱を持って絵を描きたいという思いが、石井氏の創作活動に繋がっているという。
求められているものと自分の作りたいものの狭間で悩むのはクリエイターにとって宿命である。それは30代前半にしてすでに高い評価と実績を持つ石井氏でも例外ではない。そこのバランスをいかに取り、これまでにない作品を作っていくか。クリエイターが与えられた命題に1つの答えを見せていくのがポートフォリオなのではないだろうか。