Web業界進化論 実践講座#06 〜インハウスデザイナーが語る、キャリアを跳躍させるための経験値〜 セミナーレポート
Web業界の最前線で働くロールモデルの方々からキャリアを学ぶ「Web業界進化論 実践講座」。その第6弾となる今回は大石慎平氏をゲストに招き、インハウスデザイナーとして得られる経験値や、キャリアのポイントについて語られた。
講師プロフィール
大石 慎平氏
大手メーカー Webデザイングループ マネージャー兼デザイナー
大学卒業時、内定取り消しに遭遇しデザイナーの道を断念。他業界に進むも諦めきれず都内のデザイン事務所へ転職し、未経験からデザイナーキャリアをスタート。グラフィック・エディトリアルデザイナーとして紙媒体を中心とした制作業務に従事。
2016年に業界大手メーカーのインハウスデザイナーへ転職。グラフィックデザインに従事したのちWebデザインへ転向。ビジュアルデザインだけでなく情報設計、ディレクション、マネジメントといった上流工程に携わりながらtoB、toC、EC、海外など複数のサイトリニューアル、新規構築を行う。現在はWebデザイングループのマネージャーを務め、グラフィックキャリアのデザイナーをフォローしながら組織におけるWeb領域の底上げを行っている。
受託デザイナーとインハウスデザイナーの違い
大石氏は制作会社でグラフィック・エディトリアルデザインを経験し、現在は事業会社にてWebデザインやディレクションに携わっている。セミナーの冒頭は自己紹介も兼ねて、大石氏のこれまでの歩みを振り返った(キャリアの詳細は事前インタビュー「社内に『居場所』を作るため、オンリーワンの人材になる必要があった」を参照してください)。
制作会社で外部から仕事を請け負う「受託デザイナー」と、事業会社で内部から仕事を請け負う「インハウスデザイナー」。両者の違いについて、大石氏は「スペシャリストorジェネラリスト」という軸を加え、4つのセグメントからなるポジショニングマップで整理した。
大石氏:同じ制作会社でも、スペシャリストとしてクリエイターの道を歩むか、ジェネラリストとしてさまざまな課題解決に携わるかで、目指すところが違ってくるのではと思います。
大石氏の転職は、左上の「汎用型専門職デザイナー(クリエイター)」から、右上の「特化型専門職デザイナー(匠・熟練工)」への遷移だったという。「作るものを変えずに環境を変えた(大石氏)」のには、いくつかの理由があった。
大石氏:制作会社の頃は、「数をこなして売上をあげる」という感じだったので、長時間残業が発生しやすく、クライアントの意向に振り回されがちでした。数をこなす=消費するのではなく、もっと時間をかけてデザインやブランドと向き合いたい思いから、事業会社へ転職したんです。
制作会社で身に付けたスキルは、事業会社でも活きたという。多種多様の案件を短納期でこなした経験は、制作スピードや引き出しの多さにつながった。また、折衝から納品まで一気通貫で請け負っていたことから、制作の進行管理やリスクコントロールの知見も身に付いていた。
大石氏:事業会社は、制作会社で培われた専門性や柔軟性を必要としています。基礎が身に付いた、成長意欲のあるデザイナーなら事業会社で大いに活躍できるでしょう。受託の価値観にとらわれすぎず、事業会社の“色”に染まれることも大事ですね。
インハウスデザイナーとして得られる「経験値」とは?
制作会社で培ったスキルは、事業会社でも活かすことができる。では、事業会社でインハウスデザイナーを務めることで、どんなスキルや経験が培えるのだろうか。
大石氏:事業会社では「Webサイト作ってくれない?」といった、ざっくりした抽象度で依頼が来ることも少なくありません。デザイナーの職域を超え、ディレクションや管理業務、プロジェクトを推進する力などが求められます。つまり、事業会社では「デザイン以外」の経験値も積めるのです。
事業会社で発生する案件は、プロダクトサイトやECサイト、商品管理システムなど多岐に渡る。未経験の分野でも、積極的に取り組まねばならない場面もあるだろう。「深く狭く」よりも「より広く」対応する力が求められる。
さらに、立場を超えたさまざまな人と関わるのも、インハウスデザイナーならではだ。他部門や上層部とのコミュニケーションでは、相手に「合わせる」意識が必要だと大石氏は指摘する。
大石氏:デザイン用語やIT用語は、非制作部門の社員には通じないこともあるので、言い換えを心がけています。また、案件によっては経営層の合意を取るために、経営層と同じ視座で物事をとらえねばならないこともあるんです。
デザイナーの職域を超え、あらゆる領域を越境するインハウスデザイナー。その経験を踏まえ、大石氏は改めて今後のキャリアを考えるようになったと言う。
大石氏:将来的にマネージャークラスを目指すことを考えると、Webデザイナーのスキルに加え、ディレクションやマネジメントといった、ジェネラリストとしてのスキルも必要になります。先ほどのポジショニングマップで言うなら、右下(インハウス&ジェネラリスト)に進む必要があると考えました。
ディレクションやマネジメントは、汎用的なビジネススキルともいえる。たとえ将来インハウスデザイナーから離れることがあっても、身に付けたスキルは横展開ができるだろう。
大石氏:デザイナーであっても、ジェネラリストのスキルを身に付けた方が、仕事の幅が広がり、キャリアを跳躍しやすいのではと思います。ただ、スキル向上については、事業会社ならではの「壁」を感じた場面もありました。
インハウスで得られないスキルは「外」で身に付ける
大石氏が感じた「壁」は、所属している事業会社の中にWebデザインの専門家がいないことだった。業務だけでは専門知識が培われにくく、情報共有するメンバーも少ない。制作会社ほど、抱える案件が多くなかったこともあり、時間を持て余すこともあったという。
大石氏:そこで、「社内にノウハウがないなら、外に取りに行けばいい」と考えました。外部のコミュニティに所属したり、個人で案件を請けたりして、経験や知見を蓄えるようにしたんです。
会社で出た課題をコミュニティで相談し、得られた解決策を個人の活動で試してみる。そうして得た知見を会社に持ち帰り、チームに共有する。会社・コミュニティ・個人の三角形を循環させることで、大石氏は「壁」を乗り越えることができた。
大石氏:ある程度の知識や経験があれば、組織の中で“専門家”を名乗れます。私も“Webの専門家”を自称してチームを率いていたら、会社の正式なグループとして「Webデザイングループ」を立ち上げることになりました。積極的に行動し専門家を自称すれば、自分の居場所が作れるんです。
大石氏は「なぜ事業会社の中でデザインが必要なのか」という問いに、課題を整理する人が求められているからだ、と答えた。デザイナーは情報の整理を得意とする。煩雑な業務を見直したり、複雑な顧客コミュニケーションを整理したりなど、そのスキルを業務に活かして、もっと活躍できるはずだと。
大石氏:見た目を整えることも、問題解決のプロセスを整えることも、広い意味での「デザイン」です。その力を課題解決に用いれば、インハウスデザイナーはもっともっと成長できると思っています。「デザイナー×ジェネラリスト」を両立させ、より大きな課題に立ち向かえるようになることが、私が今後目指したいキャリアです。
壁にぶつかったときこそ跳躍のチャンス
最後に、大石氏は改めて自分のキャリアを振り返り「成長にパターンがある」と話した。順調に仕事を進めていると、やがて壁にぶつかる。そこで、これまでの経験を活かし、新しいことに挑戦する。大石氏はこれを「助走」「踏み込み」「ジャンプ」と例えた。
大石氏:制作会社から事業会社に移ったときも、Webデザイナーに転向したときも、視座が変わったからこそ「壁」を感じたわけです。そのときこそ、ぐっと踏み込み、跳躍するチャンス。いつか跳躍するときに備えて、小さなことを積み上げてもらえたらと思います。
セミナーは参加者の質疑応答で締めくくられた。寄せられた質問からいくつかピックアップして掲載する。
多岐に渡る役割が必要とされるということでしたが、同時に複数のタスクが降りかかったとき、パニックにならないために何に重きを置いて考えていますか?
1人で抱え込まないようにしています。
チームで活動していることを意識して、人にお願いするようにしています。課題を要素に分解して、分解したものをメンバーにお願いしていますね。優先順位も大切ですが、自分が思う優先順位だけでなく、組織が考える優先順位も考えます。たとえば上長に「これはそんなに早くに必要ですか?」と聞いてみると、組織的にはそこまで優先度が高くなかったりしますから。
インハウスでUI/UXデザイナーをしています。事業ごとにターゲットが変わるので、別の事業を担当するようになったら、今までのUI/UXの経験が役に立つかのか不安です。
違う視点を持っているからこそ見えるものがあるはず。
UI/UXデザインであればフレームワークや情報の整理、ペルソナの設定など、概念的な取り組みは活かせるのではないでしょうか。UI/UXをどうデザインするか、どう改善するかという視点は、別の事業にも横展開できるのではと思います。
逆に、違う視点を持っているからこそ言えるものもあると思うんです。無理に合わせに行くのではなく、今までこういう経験をしたからこう考える、と意見をしても差し支えないのではないでしょうか。
デザイン部署のない事業会社でデザイナーをしています。未経験かつ独学なので、スキルがなかなか上がりません。制作会社への転職も考えたほうがいいでしょうか。
制作会社で身に付く力もあるので、一度試してみるのもアリだと思います。
今の会社でWebデザイナーの採用に携わっているんですが、質問者さんと同じような方は多いですね。バナーや営業資料など、社内から依頼されたものを全部作ってきたけど、それ以上は……と悩まれている。制作会社で身に付くスキルはあるので、一度試してみてもよいのではと思います。
何をもって「自分のスキルが足りない」と感じているのか、もありますね。もし個人の活動ができるなら、足りないスキルを埋める力試しとして、外で活動してみるのもおすすめです。
セミナーを終えて
セミナーの中で、大石氏は「キャリアへのアプローチは、デザインの課題解決と同じ」と語っていた。
現状の課題をつぶさに観察し、どうやれば乗り越えるか仮説を立て、実際に行動して表現し、改善を続ける。デザインと同じサイクルでキャリアを切り拓いてきた大石氏だからこそ、「広義のデザイン」への興味をかき立てられるのだろう。キャリアに悩むデザイナーに、あなたが持つスキルこそ武器である、と呼びかけているように感じた。
「Web業界進化論 実践講座」はこれからもさまざまなゲストを招いてお送りする。ぜひ今後の講座内容にも期待してほしい。