Web業界進化論 実践講座#04 〜Webデザイナーのキャリアを進化させる、数字とデザインのかけ算とは?〜 セミナーレポート
Web業界の最前線で働くロールモデルの方々からキャリアを学ぶ「Web業界進化論 実践講座」。その第4弾となる今回は木村よねこ氏をゲストに招き、「数字×デザイン」で考えるWebデザイナーのキャリア設計や経験値の積み方について語られた。
講師プロフィール
木村 よねこ氏
AIS株式会社 開発事業部統括 / 一般社団法人 日本ディレクション協会 所属
茨城県出身。筑波研究学園専門学校グラフィックデザイン学科卒業後、外食産業の制作デザイナーとして就職。自社運営店舗のメニュー・ポスター、広報誌など広報販促物の制作・デザインを行う。2007年にWebデザイナーを目指して上京。多数の企業でWebデザイナー&クリエイティブディレクターとして活動しWeb制作・Webコンサルティング支援に従事。2010年よりGMOTECH株式会社にてSEO事業部のコーダー兼Webデザイナー、広告事業部のディレクターを経験。2015年にAIS株式会社の前身となる会社の立ち上げメンバーとして参画。新規サービス・メディアの立ち上げやサイト制作、ディレクションを行う。
現在はAIS株式会社で開発事業部の事業部長として、制作業務の傍らシステムディレクションや社内ディレクションを行う。日本ディレクション協会に所属。ディレクター同士の交流会やミートアップ等の運営サポート等も行っている。
コロナ禍で「デザイナー×○○」を考えねばならない理由
セミナーの前半は「キャリア整理と『数字×デザイン』から考える仕事への立ち向かい方」と題し、木村氏の自己紹介とこれまでのキャリア、そして、どのような考えのもとにキャリアを選択してきたかが語られた(キャリアの詳細は事前インタビュー「今、Webデザイナーに求められる『キャリアのかけ合わせ』とは」を参照ください)。
デザイナーとしてキャリアをスタートさせた木村氏は、Webディレクションを担当する今も「Webデザイナー」の肩書きを降ろさずにいる。そこには「スキルや現場感覚を保ちたい」「制作業務の現場を把握したい」といった思いがあるという。
木村氏:Webデザイナーのいいところは、1人でPDCAを回せるところ。アイデアさえあれば自分でサイトを作り、効果検証もできてしまいます。まさに「ビジネスを形にできる仕事」。そんなWebデザイナーは最強だな!という思いから、現在もデザイナーを続けています。
ただ、コロナ禍の今、デザイナースキルだけで生き残るのは厳しいのではないか、と木村氏は語る。リモートワークが進むことで、メールやチャットツールでのコミュニケーションスキルが重要視され、会社の貢献度が文字ベースで可視化された。一方デザイナーは、その日のアウトプットのみで業務を判断されてしまいがちだ。
木村氏:前職での経験から、Webデザイナーが単なる「作業者」にならないためには、Webデザインだけでなく、自分の得意分野をかけあわせた「Webデザイン×○○」を伸ばしていくべきではないかと思うようになりました。そこで私は、数字(売上)を作るデザイナーとして「Webデザイン×数字(売上)」でキャリアを作ろう、と考えたのですが、このコロナ禍において、その思いは一層強くなりましたね。
Webデザイナーのキャリアを考えるうえで役立つ「2つの理論」
キャリア設計にあたり、木村氏は改めて「評価」について考えたという。組織から見た評価とは「昇格・昇進・報酬アップ」を意味し、一般的にはマネジメント系へのキャリアアップを目指すことが多い。一方、個人として自らのキャリアを評価するとき、そこには「自分なら何を望むか?」という思いが関わってくる。つまり、自分が今いるライフステージや目指したい目標によって、どうなることが評価に値するかは、人それぞれ異なるだろう。
組織の評価軸と個人の評価軸、この2つの評価軸を最適化するには「未来像」を描き、将来こうなっていたいという具体的なイメージをすることが必要だ。木村氏は、自身の未来像を整理するうえで役立ったとして、2つのキャリア理論を紹介した。
ひとつは「キャリア・アンカー理論」。まずキャリア・アンカーとは、自分のキャリアにおける譲れない価値観のことで、「キャリアの軸」と言い換えることができるだろう。またそれを持つことで、これからのキャリアを選択しやすくなるという考えがキャリア・アンカー理論だ。キャリア・アンカー(キャリアの軸)は、管理能力、技術的・機械的能力、安全性、創造性、自立と独立、奉仕・社会貢献、純粋な挑戦、ワークライフバランスの8つの項目に分類することができる。その中から自分のキャリア・アンカーはどれに当てはまるのかがわかれば、自分の欲求や適性を見極めることができ、充実したキャリアを描けるというもの。
たとえば「管理能力」と「創造性」がキャリア・アンカー(キャリアの軸)として身につけたいのなら、10年後にCDO(デザイン最高責任者)を目指すという目標を立て、1年目はWebデザイナー、3年目にはUXデザイナー、5年目にはクリエイティブディレクターになろうと、たどり着くまでの道のりを逆算してキャリアを考えることができる。明確なゴールに向かって行動を起こしたいとき、キャリア・アンカー理論は役に立つ。
一方、あえてゴールを設定しないのが、もうひとつの「プランド・ハップンスタンス(計画的偶発性理論)」。これは「個人のキャリアの8割は予想しない偶発的なことによって決定される」として、好奇心や柔軟性、楽観性といった行動特性を設計し、よい偶然を引き寄せることでキャリアをよいものにしようとする考え方だ。
木村氏:この理論に通じるものとして、「コネクティング・ザ・ドッツ」という言葉があります。アップルの創業者スティーブ・ジョブズが、スタンフォード大学の卒業式辞で語ったものです。
スティーブ・ジョブズは学生時代、カリグラフィーに興味を持ち、大学の講義に潜り込んでいた。このカリグラフィーの経験が、その後マッキントッシュの開発で「フォント」という概念を生む。何に役に立つかわからないものでも、過去の経験=点がつながって(コネクティング・ザ・ドッツ)、やがて大きな価値を生むことがある。
木村氏:スティーブ・ジョブズは「先を見越して点をつなぐことはできない。だから、将来なんらかの形で点がつながると信じることだ」と語っています。先の見えない時代ですから、「5年10年先なんてわからない!」と悩む方もいるでしょう。まずは今のキャリアと向き合い、さらにどんな努力ができるか模索する。そうすれば、いつか点と点がつながる日が来るのではないでしょうか。
デザイナーが会社以外で経験を積むための「5つの事例」
後半は「『数字×デザイン』を意識した経験値の積み方」と題し、デザイン×○○の実績をどのように積めばよいか、木村氏の経験を踏まえ、具体的な事例を交えて語られた。
木村氏:「デザイン×○○」を実践するには、できることを少しずつ増やしていかねばなりません。会社外での活動で経験を積み、それを実務で活かす。これを繰り返すことで、仕事に活かせる「筋肉」が作られると考えました。
実際に木村氏が行った活動として、セミナーでは5つの事例が紹介された。
Webに関する相談にのる
企業や個人事業主向けに、Web改善や集客のアドバイスをすることで、Webサイトでありがちな課題について考えられるようになる。
案件を請け負ってみる
知り合いやSNSなどを通じてデザインの仕事を請け負うことで、Webデザイナーとしての制作の幅を広げる。
自分のサイトを作ってみる
サイト制作の一連の流れを体験し、アクセス解析を分析することで、メディアサイト運営について学べる。
別の職種の人とコラボレーションしてみる
イラストレーターやライターなど他業種とコラボレーションすることで、1人ではできないようなアウトプットを出せる。
外部のコミュニティに関わってみる
外部コミュニティへの参加や、イベント企画を通じて、スキル強化や人脈形成につなげる。
木村氏が「デザイン×数字(売上)」の経験を積むのに特に役立ったのは「自分のサイトを作ってみる」だったという。
木村氏:Webデザイナーは自分でデザインもサイト制作もできる、これを活かさない手はないと考えました。そこで、自分でSEOサイトをゼロから作り、アフィリエイトで商品を販売してみようと思ったんです。
熱量を持って物事にあたれば、やがて未来の成果に結びつく
SEOサイト制作では、キーワードの調査や設計といった「調査分析&企画立案」、ドメイン取得やコンテンツ制作といった「開発」、アクセス解析やコンテンツ改善といった「効果検証」という一連の流れを経験することができる。さらに、SEOやアフィリエイトで効果を出すには、PDCAを回し続けることも重要だ。
木村氏:私の場合、1〜2ヵ月でCV(コンバージョン)の伸びが見られました。「ライバルが少なかった」「SEO対策がハマった」「サイトと商品の相性がよかった」など、原因の分析も怠りませんでした。
さらに木村氏は自費で広告出稿も行い、サイト運用を続けていった。成果が落ちることがあれば要因を分析し、改善を加える。広告費用はかかったが、悩みながら手を動かしたことが「経験」「実績」になり、自分の成長につながった。
木村氏:「数字を追いかけるのが苦手」という方もいるかと思います。そうした方は、自分の好きなものにコミットしてみてください。LINEスタンプを作る、YouTubeで発信する、好きなジャンルのファンサイトを作るなど、なんでも構いません。好きなものに対する努力は、やがてほかの何かとつながって実を結びます。これがまさに「コネクティング・ザ・ドッツ」だと思うんです。
本セミナーのまとめでも、木村氏は「あなたの努力はどこかでつながる」と参加者に語りかけた。
木村氏:本日参加された方の中には、キャリアに対する迷いや悩み、葛藤があるかもしれません。ですが、仕事に対する熱量をほかの何かに投資し続けることで、どこかで未来の成果に結びつくはずです。Webデザイナーであることに自信を持ち、自分なりの武器を見つけ、経験を蓄積していきましょう。
積極的なコミュニケーションが、問題を解決に導く
セミナーの最後は質疑応答の時間が設けられた。寄せられた質問からいくつかピックアップして掲載する。
制作会社でディレクション業務とデザイン業務を兼務しています。ディレクション業務に時間を割かれる中、制作物のクオリティも落としたくないので、どうしても長時間労働になってしまいます。長時間労働を避けるコツがあれば教えてください。
ディレクションを自分でハンドリングしてみてください。
お悩み、ものすごくわかります。デザインに時間がとれないと、集中力も落ちて、クオリティに影響してしまいますよね。なので、デザインに十分な時間を作るためには、ディレクションをハンドリングするしかないと思っています。
クライアントワークだとお客様の意向があるので難しいかもしれませんが、社内でもできることはあります。会社側と「午前中にディレクション業務を集約させたい」と交渉したり、集中する時間をあえて確保したり、急ぎでない依頼は後で返すと決めたり。自分の中でメリハリをつけないとフラストレーションが溜まるので、うまく整理ができたらと思います。
Web案件のプロジェクト管理を任されました。デザイナーのセンスを活かしたデザインにしたいのですが、クライアントからは「古いシステムにデザインを合わせてほしい」と希望され、悩んでいます。落としどころをどうやって見つければよいのでしょうか?
コミュニケーションを増やして、ゴールの認識を合わせましょう。
プロジェクトを進めるうえで、意見が食い違うとき、判断に迷うときは、プロジェクトの目的やゴールに対する認識がズレている可能性があります。コミュニケーション不足も原因となるので、「そもそもこうだったよね」と認識をすり合わせる場を持つと、突破口が見えてくるかもしれません。
また、クライアントの中には、デザインに明るくない方がいることもあります。成果物だけで話をせず、デザインの根拠や目的、かかった工数など、さらに情報を深掘りして伝えると、相手の見方も変わるはずです。うまく意思疎通ができるよう、コミュニケーションの溝を埋めることを意識してみてください。
セミナーを終えて
今回の「Web業界進化論」では、Webデザイナーのキャリアが「デザイン×○○」の切り口で語られた。木村氏が「デザイン×数字(売上)」を目指した理由や、その具体的なアプローチには、「実績がないなら自分で作る」という強さがあった。現在もディレクションとデザイナーを兼務するタフさの源がここにあるのだろう。
また、社外で実績を積む事例や、「コネクティング・ザ・ドッツ」の考え方は、先の見えない時代におけるキャリアの開き方として、Webデザイナーたちの指針になると感じた。
「Web業界進化論 実践講座」はこれからもさまざまなゲストを招いてお送りする。ぜひ今後の講座内容にも期待してほしい。