Web業界進化論 実践講座#15 〜事業会社のUI/UXデザイナーに必要不可欠なユーザー起点と視点〜 セミナーレポート

去る2022年2月25日(金)、マイナビクリエイターによるオンラインセミナー「Web業界進化論 実践講座#15事業会社のUI/UXデザイナーに必要不可欠なユーザー起点と視点」がオンラインで開催された。

Web業界の最前線で働くロールモデルの方々からキャリアを学ぶ「Web業界進化論 実践講座」。その第15弾となる今回は、スズキシンジ氏をゲストに迎え、デザイナーが事業会社で活躍するための心構えについて語られた。

講師プロフィール

スズキ シンジ氏
株式会社マネーフォワード UI/UXデザイナー

静岡県浜松市出身。専門学校卒業後、2社のデザインプロダクションをわたりアートディレクター兼シニアデザイナーとして7年間勤務。交通広告や雑誌広告等の印刷媒体から、大〜小規模Webサイトまで多岐にわたる案件のデザイン責任者として従事。2019年に株式会社マネーフォワードへジョインし、UI/UXデザイナーとしてのキャリアをスタート。主にiOS/Androidアプリケーションのデザイン全般を担当。インターフェイスデザインに限らず体験設計から情報設計、ユーザーテストまでマルチに動きサービス開発に取り組んでいる。また、これまでの経歴で培ったスキルを活かし、マーケティングやブランディング領域にも貢献している。

ユーザー視点に立つために必要な「解像度」と「なぜ」

スズキ氏は制作会社でデザイナーとしての経験を積んだのち、現在は株式会社マネーフォワードにてUI/UXデザイナーとして活躍している。セミナーの前半は、マネーフォワード社の行動指針の1つである「ユーザーフォーカス」について語られた。

スズキ氏は制作会社から事業会社へ転職したことで、「誰のために作るか」という意識が変化したと話す。制作会社では、クライアントが満足するデザインを提供することが主な目的であり、いわば「クライアントフォーカス」の状態だった。対して事業会社では、ユーザーが満足するデザインを提供する「ユーザーフォーカス」が重要になると言う。

スズキ氏:制作会社での仕事は「納品したら終わり」であり、ユーザーの反応を知る機会がありませんでした。一方、事業会社ではユーザーの反応を見ながら改善を繰り返すことが求められます。仕事のやり方がガラリと変わるので、制作会社から転職したデザイナーはこの変化に戸惑うのではないでしょうか。

スズキ氏は「ユーザーフォーカスのすすめ」と題し、ユーザー視点に立つための2つのポイントについて解説した。

1つめのポイントは「ユーザーの『解像度』をあげる」。ユーザーのことをよく知らない=「解像度」が低い状態では、ユーザーが抱える不満や課題を十分に理解することはできない。その結果、的外れなデザインや機能を提供してしまう可能性がある。

ユーザーが満足できる価値を提供するには、ユーザーの「解像度」を高めることが不可欠だ。確定申告のサービスを担当するスズキ氏は、ユーザーである個人事業主と可能な限りコミュニケーションを図り、理解に努めていると言う。

スズキ氏:会計処理や確定申告で、個人事業主の方々が課題に感じていることがわかれば、デザインに根拠が生まれます。「解像度」をあげれば、ユーザーにしっかり刺さるデザインや機能を提供できるのです。

2つめのポイントは「『なぜ?』を大切にする」。たとえば「ユーザーが機能の導線に気づかない」という課題があるとき、単純に「ボタンを目立たせる」という施策を採ってしまいがちだ。しかし、本当の課題は「情報設計が正しくない」「ボタンのラベルが伝わっていない」といった、別のところにあるかもしれない。

スズキ氏:マネーフォワードでは、課題に対し「なぜ起きているか」に思考を尽くすよう心がけています。ユーザーからあがった要望についても、「なぜこれが要望されているのか」と本質的な「なぜ?」を捉えるのです。対策した後もそのまま安心せず、本当に課題解決に繋がったのかを確かめるため、仮説検証を繰り返し行っています。

事業会社で求められる、デザイナーの「立ち回り」とは

セミナーの後半は、2つのセクションに分けて進められた。セクション1は「マネーフォワードで求められるデザイナーの立ち回り(実務編)」。スズキ氏は事業会社で働くうえで、「ユーザーフォーカスを開発プロセスに取り入れる」「自分の得意領域を存分に生かす」の2つの「立ち回り」を常に意識していると言う。

「ユーザーフォーカスを開発プロセスに取り入れる」では、スズキ氏が担当する「クラウド確定申告」の開発体制について触れた。1週間単位で開発を回す「スクラム開発」を取り入れたフレームワークだが、「デザイン」と「開発」は「別々の歯車で動いている(スズキ氏)」と言う。

デザイナーは1週間単位の「スプリント」でデザインを完成させ、レビューを経てFIXしたものを、開発タスクが詰め込まれた「箱(プロダクトバックログ)」に格納していく。開発側は「箱」に入ったタスクを選定し、1週間単位で開発のサイクルを回す。

それぞれの動きは独立しているため、デザイナーは「いかにユーザーフォーカスを取り入れるか」に集中できる。スズキ氏は実際の開発事例を交えながら、ユーザーのフィードバックを取り入れる流れについて解説した。

また、「自分の得意領域を存分に生かす」の事例では、スズキ氏が入社当初に導入した「カラーシステムの導入」が挙げられた。

スズキ氏:マネーフォワードには多様な経歴を持ったデザイナーが多く在籍しています。私もグラフィックデザインで培った知見やスキルを活かせればと考えました。

スズキ氏の入社当初、マネーフォワードのWebサイトはカラーシステムが統一されていなかった。そこでスズキ氏は、Webサイトのカラーを見直すことを提案。グラフィックデザインの経験から複数のパターンを検討し、現在の「青とオレンジ」を基調としたカラーシステムが採用されたという。新天地においても、得意な領域を存分に生かせば、デザイナーとしての存在感を示すことができるのだ。

キャリアを「越境」できることは、デザイナーの醍醐味の1つ

セミナー後半のセクション2は「事業会社、SaaSプロダクトにチャレンジする際、意識すべきデザイナーの考え方」と題し、事業会社とSaaSプロダクト、それぞれで必要となる「考え方」について語られた。

事業会社にチャレンジする場合、スズキ氏は「デザイナーの肩書きを捨てる」ことが大切だと話す。制作会社は分業制であり、デザイナーはデザインの品質を担保することが仕事だった。対して事業会社では、チーム全体でサービスの品質を担保することが仕事であり、デザインはあくまで「手段」の1つ。デザイナーの肩書きにとらわれず、幅広く業務に携わることを意識したほうがよいと言う。

また、SaaSプロダクトにチャレンジする際は「横断体験を追求する」ことをすすめた。SaaSプロダクトは複数のサービスを提供することが多く、それらをシームレスに横断するユーザー体験が重要となる。横断体験の価値を最大化するには、部署を越えたコミュニケーションをはじめ、柔軟な動きが求められる。

スズキ氏:「デザイナーの肩書きを捨てる」「横断体験を追求する」の共通点は、「越境」だと考えています。制作会社から事業会社への転職は、かなりのキャリアチェンジになりますが、「越境」したキャリアを積めるのもデザイナーの醍醐味でしょう。今日のセミナーが、キャリアを考えるきっかけとなりましたら幸いです。

セミナーは参加者の質疑応答で締めくくられた。寄せられた質問からいくつかピックアップして掲載する。

ユーザーの「解像度」を高めるために、具体的にどのような取り組みをされているのか教えてください。また、どのような状態をもって「解像度が高くなった」と判断するのでしょうか。

ペルソナを作り、ユーザーとの会話を重ねています。

「解像度」を高めるために、ペルソナの設計は最低限必要であると考えています。ただ、ペルソナは「作って終わり」になってしまいがち。時間が経って陳腐化しないよう、ユーザーとコミュニケーションを取りながらペルソナを常にアップデートできればと模索しているところです。

また、「解像度が高くなった」という判断は、ユーザーとの会話を基準にしています。あらかじめ想定問答を作り、こちらが想定した通りの答えが返ってきたかどうか、その適合率を1つの判断材料としています。

UI/UXデザイナーとして働くうえで感じられる、マネーフォワード社ならでは強みについて教えてください。

意志決定の早さと手数の多さです。

これはベンチャー企業の特徴でもあると思いますが、意志決定が早いところ、どんどん新しい機能をリリースできるところに強みを感じます。デザイナーとしてさまざまな機能に携われば、デザインの手数も増えていきます。意志決定の早さは、デザイナーにも強みをもたらしていると感じますね。

制作会社から事業会社に転職した際、考え方を切り替えるために意識されたことはありますか?

「第一印象」には気を配りました。

制作会社はいわば「職人」の世界だったので、コミュニケーションが多少ぶっきらぼうになっていたところもあったんです。これはよくないな、と反省しまして……。転職後、日々いろいろな人と関わる中で、自分がどのような印象を持たれるかは常に意識していましたね。

またセミナーでも話したとおり、事業会社はチームの仕事が多くなります。自分1人の胸の内に留めない、周りに協力を求めながら仕事をするなど、仕事の姿勢は早めに切り替えられるとよいかと思います。

セミナーを終えて

クライアントフォーカスからユーザーフォーカスへ、個人プレーからチーム戦へ。セミナーでは、スズキ氏が転職で感じた変化が語られた。

スズキ氏自身が「かなりのキャリアチェンジ」と言うように、制作会社と事業会社では仕事の目的やスタイルが180度異なる部分がある。ただ、変える必要があるのは「考え方」や「立ち回り方」であり、制作会社で培ったスキルが無駄になることはない。そのことを知るだけでも、転職の不安はかなり和らぐのではと感じた。

これからも「Web業界進化論 実践講座」はさまざまなゲストを招いてお送りする。ぜひ今後の講座内容にも期待してほしい。

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