デザイナーという職業は、多様な可能性を秘めている ―― 市角壮玄氏「Web業界進化論#10」開催直前インタビュー
来たる9/28(火)、マイナビクリエイターではオンラインセミナーWeb業界進化論 実践講座#10「デザイナーに最も必要なデザイン思考と主体的コミュニケーション」を開催する。
「Web業界進化論 実践講座」の第10弾は、今後さらなる高みを目指すWebデザイナーに向けたもの。アートディレクター、デザイナーとして10年以上活躍し、直近では国内外の教育機関においてデザイン教育にも携わる市角壮玄(いちずみそうげん)氏をゲストに迎え、デザイナーに必要なデザイン思考や主体的なコミュニケーションの重要性について語られる予定だ。
今回はイベント直前インタビューとして、市角氏のルーツをはじめ、デザイナーとして大切にしているコミュニケーションや今後Webデザイナーに本質的に求められることについて、話を伺った。
プロフィール紹介
市角 壮玄氏
ビジネス・ブレークスルー大学 准教授
HOXAI(ホクサイ)アートディレクター / デザイナー
千葉県生まれ。アートディレクター・映像クリエイター。BBT大学(大前研一学長)経営学部 准教授。国内外でブランディングやWeb、映像制作、デザインの仕事に携わりつつ、クリエイティブ業界での知見を活かしデザイン思考による問題解決や映像、デザインの研修を担当。第一園芸(株)、(株)アマナ等での社内研修プログラムを担当。東京都創業支援施設Startup Hub Tokyo講師。自身でデザイン思考を用いて創出したプロジェクトVEGESUSHIの関連書籍はAmazon一位(和食部門)。NYやパリ、ベルリンなど世界中でエキシビションとワークショップを行う。
趣味は旅と料理。好きな動物はしろくま。欠点は無くし物と忘れ物が多いこと。
大学で演劇と出会い、デザインという「居場所」が見つかった
―― まずはキャリアの原点からお聞きできればと思います。市角さんがデザインの道を志したきっかけは、なんだったのでしょうか?
市角氏:大学で演劇に出会ったことですね。それまではもう、集団になじめず、この社会で働ける気がしなかったんです(笑)。子どもの頃は内向的で、ぼんやり物思いにふけるタイプ。大学で哲学を学びつつも、特に将来やりたいことはなく、アルバイトをしてもヘマばかりで。この先、誰にも迷惑をかけずに生きるにはどうすれば……と考えていました。
そんな中、友人の紹介で劇団の人たちと知り合いました。みんな表現者だからか、お互いの表現を尊重し合っていて、たとえば僕が人と違うちょっとユニークなことを言っても、受け入れてくれるんですね。初めて人に認めてもらえたと思えました。そんな環境の中で、僕自身、役者としては二流だったけど、何かみんなの役に立ちたいと思って手がけたのが劇団のイベントポスターだったんです。
―― それまで絵を描いたり、企画を立てたりしたことはあったのでしょうか?
市角氏:絵は1人でノートに描く程度で、企画は「こうなったら面白いのにな」と頭の中で膨らませていたくらいですね。突飛なアイデアだったりするので、それまでは「変なこと言ってる」と片付けられがちでした。
でも、劇団の仲間内では、反応が違いました。集客のためにと考えたポスターの案は「そのアイデア面白いね!」と採用されたんです。実際に作ってみたら、本当にお客さんの反応が良かったりして嬉しかった。
それまで社会との折り合いがつけられないと思っていたけれど、何かを企画する、デザインすることなら世の中に貢献できるかもしれない。演劇という表現の世界と出会えたおかげで、デザインという「居場所」が見つかりました。
―― その後、どのようにしてWebデザインのスキルを身に付けていったのでしょうか?
市角氏:劇団のWebサイトを作るために、入門書片手にホームページビルダーをいじるところから始めました。デザインについては完全に独学で、いろんなWebサイトを参考にしましたね。そのうち劇団のWebサイトを見た方から別件でサイト制作を頼まれるようになり、経験を積んでいきました。
在学中の21歳のときには、僕のサイトを見たクリエイターからオファーがありました。人生初の企業案件で、しかもクライアントが丸の内にある有名なところ。もうすっかり、調子に乗ってしまって(笑)。長期に渡るプロジェクトで、かなり忙しかったこともあり、そのまま就職活動もせず、大学卒業後もフリーランスのデザイナーとして関わり続けました。
ただ、そのプロジェクトが終わると、ぱったり仕事がなくなりました。実績もコネクションも社会経験もないので当たり前です。かといって今さら就職しても対人能力に自信がない。なので、そのまま30歳手前まで文字通り「食べていくのがやっと」の生活をしていました。スーパーの裏でパンの耳とかをもらって、食い繋いでいたんです。
デザイナーに求められるのは、心を開いたコミュニケーション
―― 壮絶ですね……。そんな状況の中、デザインへの思いは持ち続けていたのでしょうか。
市角氏:そうですね。時間だけは無尽蔵にあったので、自分が好きなデザインをずっと研究していました。デザインを誰かに教わる機会がなかったので、1人で「なぜ自分はこのデザインをいいと思うのか」をひたすら考えていました。
大学で哲学に触れていたこともあり、習慣的に掘り下げて考えるのは得意だったんです。自分がいいなと思ったWebサイトを要素に分解して、なぜいいのか、どこかどういいのか、細かく言語化していきました。
たまに友人から仕事を頼まれることがあったのですが、その際に言語化したことを実践できたのもよかったですね。言語化ができると再現性も高くなります。それが自分がデザインにおいてレベルアップした手応えにつながったので、食えなくても心が折れずにいられたのかもしれません。
―― 仕事を増やすために営業活動などはしていたのでしょうか?
市角氏:していませんでしたね。コミュニティのオフ会に顔を出すなどして人脈を作っていましたが、それでも「仕事を請ける」というより、「困りごとを引き受ける」という側面が大きかったと思います。特に深い考えもなく「まぁいっか」と引き受けていたら、その恩が回り回って、20代後半に仕事になって返ってきた感じでしょうか。
―― 先ほど就職を諦めた理由を「対人能力に自信がない」と仰っていました。でもお話を伺っていると、フリーランスの仕事で十分にコミュニケーションを図れていたように思うのですが……。
市角氏:僕は「バカ正直」すぎるんです。ビジネスのためにならないと思ったら正直に言ってしまうし、曲がったことが好きじゃない。その自覚があったので、会社に属して上司に忖度したり、丸く収めるために妥協したり、政治的な会話をしたりするのはできないだろうな……と。
ただ、クライアントとのコミュニケーションでは、その「バカ正直」がうまくいったんです。お互い「ビジネスを成功させる」というゴールが一致しているから、本音で話しても聞いてくれるんですね。今でも、正直ベースの対話こそ、デザイナーの仕事に求められるコミュニケーションだと思っています。もちろん、言い方には気を配る必要はありますが(笑)。
―― さまざまな仕事を経験した今、組織で働くことはどう思われますか?
市角氏:今思うと、当時の自分は「上司」という存在を信じていなかったのかもしれませんね。クライアントに心開くのと同じように、上司や同僚にも心を開けば、組織内でもいいコミュニケーションができるはずですから。
この仕事をしていると、企業内のコミュニケーション不全が、悪いデザインを生んでいる場面に遭遇することがあります。同じ釜の飯を食う仲間たちと、お互い腹を割って「“いいデザイン”とは何か」「どうすれば“いいもの”を作れるか」を話し合うことが、やはり大事なのだと思います。
スキルの応用範囲が広いデザイナーは、可能性を秘めている
―― 市角さんはデザイナー以外にも「占い師」「VJ(ビジュアルジョッキー)」「フードデザイナー」など、さまざまな顔をお持ちです。多分野で活動するうえで、意識されていることはありますか?
市角氏:もともと分野を拡げようと思っていたわけではなく、自分が持つスキルやアセットが活かせる仕事なら何でもやるしかない、と考えていました。
そもそも、「デザイン」という仕事は応用範囲が広いんです。クライアントの要望を聞き、それを具現化して、最適化し、世の中に形として出す……この一連の流れは、デザイン以外の分野にも十分当てはまります。それなら、「デザイナー」にこだわる必要はないだろうと。
―― それは、たとえば「占い師」でも……?
市角氏:そうですね。本当は僕、占い師をプロデュースする、裏方側だったんですよ。若手男性占い師たちがユニットを組んで、そのビジュアルやブランディングを手伝っていたら、「お前も占いをやれ」ということになって(笑)。
実際にやってみると、意外にデザインの仕事と共通点があって驚きました。「相談者が抱える悩みを汲み取る」なんて、デザインインタビューとほぼ同じ。占いを通じて相談者の悩みを聞くうちに、デザイナーのインタビューでも「聞く力」が役立ち、いい循環が生まれました。僕の占いが当たったお客さんから仕事をもらうこともありましたね。
改めて振り返ると、デザイナーはさまざまな可能性を秘めている職業だと感じます。「自分はデザインしかやらない」と範囲を限定するのはもったいない。デザイナーの皆さんには、ぜひいろんな活動をしてみてほしいですね。
―― ではこの先、Web業界のデザイナーには、どのような素養が求められるでしょうか?
市角氏:世の中が加速度的に変化する中、「デザイナーとして貢献できることは何か?」を考えると、「腑に落ちるデザイン」「しっくりくるデザイン」に落ち着くのではないかと思います。
技術が発達した今、それっぽいデザインのWebサイトが自動生成できるようになりましたし、今後AIが発達すればその精度はさらに向上するでしょう。でも、AIは「なぜこのデザインでなければならないか」を説明できません。それを説明するには、その企業や商品が存在する「意味」が必要だからです。
その「意味」を汲み取り、ストーリーとして表現できるのは、デザイナーしかいません。心を開いた本質的なコミュニケーションを経てはじめて、クライアントに「これが私たちのデザインって感じがする」と納得してもらえるわけです。納得できる、腑に落ちるデザインができるかが、デザイナーにとってより大切になるだろうと思います。
―― 最後に、市角さんの今後についてもお聞かせください。
市角氏:「腑に落ちるデザイン」については、自分もより磨いていきたいですね。手を動かすことは好きなので、70歳80歳になっても「AIには負けんぞ」と言ってそうですが(笑)。
あと最近は、講師の仕事も増えてきました。今興味があるのは、デザイナー以外の仕事の人に「プチデザイナー」になってもらうこと。デザイナーではない人にも、モノを作る楽しさや、自分を表現する楽しさを知ってもらいたい。クリエイティビティに対する苦手意識を取り払って、「一億総クリエイター」になれたら、日本はもっと面白い国になるのではと思っています。
9/28(火)のイベント情報
インタビューを終えて
市角氏は「デザイナーが楽しそうにしていないと日本はよくならない」と笑う。独学でデザインを学び、デザインの枠にとらわれない活動をしてきた市角氏のキャリアは、仕事だけでなく人生を楽しむヒントも詰まっていると感じた。
9/28(火)に開催されるWeb業界進化論 実践講座#10「デザイナーに最も必要なデザイン思考と主体的コミュニケーション」では、デザイナーが身に付けるべきデザイン思考や、デザインとコミュニケーションの関係について語られる。デザイナーという仕事の可能性をもっと追求したい方は、ぜひこの講座に参加してみてほしい。
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この記事を書いた人
マイナビクリエイター編集部は、運営元であるマイナビクリエイターのキャリアアドバイザーやアナリスト、プロモーションチームメンバーで構成されています。「人材」という視点から、Web職・ゲーム業界の未来に向けて日々奮闘中です。