3DCGデザイナーの活躍の場、働き方の現在と未来 ―― CGWORLD 編集長 沼倉有人氏インタビュー
Web、ゲームだけでなく、映画、アニメーションなどのエンターテインメントまで、あらゆる映像表現の場で用いられる3DCG。その制作にあたる3DCGデザイナーの活躍するフィールドも拡大しながらダイナミックな変化を続けている。そんな3DCG制作の現状を知るべく今回のインタビューではCGWORLD編集長 沼倉有人氏が登場。
月刊『CGWORLD』は2018年8月号で通巻240号目が発行され、創刊20周年に到達。国内のCG専門誌として常にトップを走り続けてきた。そんなCGWORLDの編集長の目から見た現在に続くこれまでのCG業界の変遷と3DCGデザイナーの働き方の「現在」と「未来」について伺った。
プロフィール紹介
沼倉 有人氏
1975年生まれ東京都出身。
1998年に早稲田大学商学部卒業後、エネルギープラント関連企業のインフラ営業に携わる。2000年に一念発起して映像業界へと転身。東北新社でオフライン・エディターとしてCM・PVの制作に携わる。2005年に株式会社ワークスコーポレーション(現・株式会社ボーンデジタル)に参加し、映像編集から雑誌編集へ。2012年から現在まで『CGWORLD』編集長を務めている。
日本のCG業界を振り返ることで「現在」と「未来」が見えてくる
―― 今回はインタビューにご協力いただきありがとうございます。まずは国内のCG業界について、これまでの流れを教えてください。
沼倉氏:CGWORLD本誌でも記事として紹介したことがあるのですが、1960年代にアカデミックな分野でのCGが初めて出てきたと言われています。その後NHKでの制作が行われたり、1977年には東映アニメーションでコンピューターアニメーション技術開発委員会が発足。さらに1981年に国内最初のCGプロダクションであるJCGLが設立し、ポリゴン・ピクチュアズ、トーヨーリンクス(現IMAGICA Lab.)などの会社が80年代の半ばまでに同時多発的に登場したんです。その頃のCGは万博や展示会での映像など、エキジビションとして大規模なものに使われていていました。
1990年代に入ってCGはより身近なものに。家庭用ビデオゲームのオープニング映像などに取り入れられ、ゲームとCGの親和性の高い取り合わせは、現在まで続いています。
2000年代に入るとSD(アナログ)からHD化、高解像度化の流れが進み、CGを含む映像もデジタル化が進みました。エンターテインメントにおける映像作品として『HINOKIO』『リターナー』などのCGを多用する作品が生まれ、白組、ROBOTなどの制作会社や、山崎貴監督の『ALWAYS 三丁目の夕日」などのヒットとなる、CGを使ったエンターテインメント映画が次々と誕生しました。
2010年頃には日本でも「立体視(S3D/Stereoscopic 3D)」ブーム(※アナログ時代から数えると3度目のブーム)が起こり、CGプロダクションの中にもS3Dに積極的に取り組む動きがありました。また、日本特有の3DCG表現の1つと言っても過言ではないセル調のCG表現、特にキャラクターアニメーションへの取り組みが活発になりはじめたのもこの頃からです。ゲーム分野においてはPS2以降3DCGでゲーム開発を行うことが主流となり、近年ではモバイルゲームにおいても3DCGの活用が増えています。2018年の夏に、NVIDIAがリアルタイムレイトレーシングを可能にする「RTXテクノロジー」を発表しましたが、今後はノンゲームコンテンツやフォトリアルな表現にもリアルタイムCGの導入が加速するのは確実です。新たにはじまったVTuberでは、既存のエンタメ系CG制作者以上に、IT系の方々やホビーユースの方々が積極的な動きを見せています。
現在では3DCGはスマホゲームなどの身近なものから映画や展示会映像などの大規模なものまで、あらゆる映像表現に用いられていますし、xRの活用はエンタメに限定されずさまざまな産業におよんでいます。3DCGデザイナーの活躍の場はまさに爆発的に広がっていると言えるでしょう。
3DCGデザイナーの中で起こっている「ゼネラリスト回帰」とは
―― 3DCGデザイナーはどんな専門分野で分かれますか?
沼倉氏:3DCGデザイナーの専門分野は基本的には作業工程によって分かれると考えればわかりやすいです。キャラクター、フロップ、背景のモデリングをするモデラーにはじまり、キャラクターのリグ設定を行うリガー、キャラクターを動かすアニメーター、爆発や発光、液体の表現など効果を担当するエフェクトアーティスト、最終的な画づくりを行うコンポジター。映画等の映像コンテンツの場合は、この5つの工程の5職種で3DCG制作が行われるのが一般的です。
たとえばアニメーターとモーションキャプチャスタッフのように、この5職種をさらに分化させたり、エフェクトアーティストとコンポジターなど近い業務を統合する、あるいはテクニカル・ディレクター(TD)やテクニカル・アーティスト(TA)といったアートとテクノロジーの架け橋となる職種を設けるなど、その企業や現場によってさまざまです。
―― 各職種の現在の割合と今後の活躍の場はどうなっていくのでしょうか?
沼倉氏:CG業界での実数を調べるのは難しいと思いますが、本誌の読者に向けたアンケート調査の結果に近い情報があります。3DCGデザイナーとして仕事をしている人に「自分に最も近い職種は?」という質問を投げかけました。その結果はゼネラリスト44% 、モデラー33% 、アニメーター・モーションデザイナー18%、エフェクト5%いう答えが返ってきました。
大規模なクリエイティブを行うゲーム業界では分業化が進んでいます。しかし映像業界を見ると3DCGに関してはゼネラリストが多い状況にあると思います。だから将来的には各職種の専門化がさらに進むのかというと一概にそうとは言えないのが現状です。それはアメリカのCG事情の「ゼネラリスト回帰」があるからです。
―― 「ゼネラリスト回帰」はどうして起こっているのでしょうか?
ハリウッド映画やゲームなど、アメリカの大規模な3DCG制作の予算は100億〜200億円と言われています。日本での制作を考えるととんでもない金額に思えますが、実はそれでも足りない状況で制作は進んでいるのです。クリエイティブの行程で考えるなら、前半はモデラー、中盤はアニメーター、後半はエフェクトやコンポジットの仕事ということになります。そうすると、「モデラーが専門だけどエフェクトもできるよ」という人はプロジェクトが進んでもそのまま仕事を続けることができるわけです。
もちろんトリプルAの専門スキルを持った人は別ですが、製作側にとって幅広いスキルを持ったゼネラリストの存在は、仕事を依頼するコストの面でも有利なのです。3DCGデザイナーの仕事のスタイルとしては、自身の軸となる高度な専門スキルを持ちながら、ほかの分野へ仕事の幅も広げていくことが、活躍の場を拡大する結果に繋がるのではないでしょうか。
3DCGデザイナーとして活躍するうえでの学歴の違いや、必須となる制作ツールとは
―― 3DCGデザイナーとして活躍するためには専門学校・大学出身など、違いはありますか?
沼倉氏:3DCGデザイナーと、2DCGデザイナーの一番の違いは、アートな部分にプラスして物理的な理解と思考が不可欠になってくるという部分でしょう。理数的な資質は歓迎されていて、理系大学出身者やIT分野からの転身者も増えてきました。大学卒ではアート系の資質に期待されて美大出身者が多いですが、最近では前述の理系大学のほか、昨今、映像やCGに特化した学科や専攻を置く大学も出てきて、3DCGデザイナーの出身は高学歴化しながら多彩になってきていると考えられます。
しかし、現役で活躍する3DCGデザイナーの声を聞くと、専門学校や大学でCG制作について基礎の部分を学ぶことができても、やはり実際の仕事の中で勝ち抜いていくには独学で身に付けたスキルの比重が大きいとのこと。出身学校による違いは感じないという意見が大勢を占めていました。アートか、物理的ロジックか、ツールに対する習熟度か、個人による違いはあれ、自分の得意分野をベースに仕事を広げていくやり方は変わりないのかも知れません。
―― 3DCGデザイナーとして身に付けておくべきツールは? CG業界で「Maya」の使用が多いのはなぜでしょうか?
沼倉氏:ゲーム開発において広く使用されているのが「Unity」や「Unreal Engine」といったゲームエンジンです。大手スタジオになるとインハウスのエンジンを使うところもあります。ゲームエンジンに限らず、インハウスツールについてはその会社のプロジェクトに参加することでしか利用することができませんので、身に付けておくとしたら「Unity」や「Unreal Engine」などの現在主流のものになるでしょう。先ほども触れたように、これらのツールは近年のリアルタイムCGの広がりと相まってノンゲームの分野でも導入が増えています。
ゲームエンジンとはそもそも、ゲーム開発を効率的に行うために、繰り返し実行する必要のあるさまざまなプログラムを自動化することを主な目的として誕生したという背景があります。その意味では、コンテンツを創り出す実作業を行うことを目的としたツール(DCC/Digital Contents Creationツール)である「Maya」などの3DCGソフトウェアやPhotoshopなどの画像編集ソフトウェアとは出自が異なると言えます。
先ほどのご質問にあった3DCGソフトとして「Maya」が一般化している理由ですが、ことハイエンドの映像制作の現場については、ハリウッド映画の制作現場と、3DCGを学び、研究に取り組むアカデミックの現場が密に連携していることが大きいはずです。ハリウッドのVFX大作では、常に最新のCG表現が導入されています。有名なものでは、南カリフォルニア大学のICT(Institute for Creative Technologies)のLight Stageによるデジタルヒューマン表現が挙げられますが、そうした先端テクノロジーを、3DCGコンテンツ制作に採り入れるうえでは「Maya」の拡張性が好相性であり、現在でもその伝統が継承されているのです。
ただ、現在では主立った統合型3DCGソフトウェアは機能面では大きな差はないと思います。映像コンテンツとひと口に言っても劇場長編とTVCMでは、求められるワークフローや制作期間は異なりますし、ゲーム開発ではまた別の事情があります。その意味では、各DCCツールの操作自体を習得することを目的にするのではなく、皆さんが志望される業界の特性や現場のニーズを学ぶことで、自ずと必要なスキルが見定まるのではないでしょうか。
就職・転職する3DCGデザイナーの自身のアピールの方法と今後の業界展望
―― 3DCGデザイナーとして就職・転職する際のアピールの方法は?
沼倉氏:「百聞は一見にしかず」という意味では、ポートフォリオやデモリールが判断材料になってくると思いますが、採用担当者から見て具体的に何がやりたいのかが見えてくるものであることが大切です。たとえばアニメーター志望の方が「可能性が広がればいいな」とモデリングの習作をポートフォリオに載せても期待した効果には繋がらないでしょう。有名スタジオのディレクターさんの中には「ポートフォリオにデッサンはいらない」という意見もあります。採用ではオーセンティックな習作が見たいわけではなく、その人に何ができるか、何がやりたいのかを見たいと考えているのです。
また転職時のポートフォリオでなくとも、SNSなどで自身の作品を公開して注目を集めるケースも増えています。「好きこそものの上手なれ」と言いますが、よい仕事をされているデジタルアーティストの方々はArtStationやVimeoなどでオリジナルや二次創作をコンスタントに発表されています。どのスタジオにもそうした作品投稿をまめにチェックされている方がいるものです。
―― 3DCGデザイナーを目指す転職者へ、仕事選び、会社選びのアドバイスをお願いします。
3DCGデザイナーがどの業界でも足りない中、働き方の改革も急速に進んでいます。一方で、この職種へのモチベーションは、ゲームにせよ映像作品にせよ、一般に知られるほどのビッグタイトルに携わりたいという方向に向きがちです。ですが、自分のキャリアを構成していくうえでは、そうしたモチベーションだけでなく、待遇や働き方も考慮した会社選び、職場選びが大切になってくるのではないでしょうか。今現在3DCGデザイナーを求めている業界としては、ゲームや映画などのほかにも、Web動画、遊技機、建築や自動車などの工業デザインなど、さまざまな分野があります。いずれかの職場で3DCGデザイナーとしてのキャリアを積めば、ほかの分野へ転職して夢を実現するという例も決して珍しくありません。
3DCGの現場には今、大きなチャンスがあります。高い目標に届かないと諦めてしまうより、どうすればそこにたどり着けるかキャリアアップの道筋を考えて会社選び、仕事選びを行いましょう。
インタビューを終えて
長年CG業界を見てきた沼倉氏にとっても近年は激動の時期に入っているという。その背景には2018年末の4K放送開始に象徴される高解像度化の流れ、国際的スポーツイベントの各種プロモーション企画やVTuber、xR領域における3DCGの需要拡大があるとのこと。
ゲームや映画などの既存のエンターテインメントではもちろん、さまざまなビジネスを行う企業がIPのプロモーションを3DCGで行おうとしているというのだ。CG業界では今クリエイターの争奪戦が繰り広げられている。3DCGデザイナーとして、就職・転職を考える皆さんにとってはまさに追い風。同氏のアドバイスを参考に、是非このチャンスを掴んでほしい。
この記事を書いた人
マイナビクリエイター編集部は、運営元であるマイナビクリエイターのキャリアアドバイザーやアナリスト、プロモーションチームメンバーで構成されています。「人材」という視点から、Web職・ゲーム業界の未来に向けて日々奮闘中です。