既存マーケティングとデジタルマーケティングの橋渡しができる人物がWebビジネスのキーパーソンに ―― 日本Web協会 岸良征彦氏インタビュー
テレビ、新聞、雑誌のマスメディアから、インタラクティブなコミュニケーションで世界を急速に進化させているWebへ - 我々クリエイターが身に付けるべきマーケティングの理論や知識も激変の一途をたどっている。
新しいものであるからこそベースとなって普及すべき知識がある。そんな課題に取り組んで来たのが日本Web協会である。国内Webマーケティングの黎明期から、いくつかの組織との統合を経て、現在のWebマーケティングのガイドラインづくりに貢献するこの日本Web協会において、主導的な役割を果たす、岸良氏に、これからのクリエイターが手にすべきデジタルマーケティングにおけるリテラシーについて聞いた。
プロフィール紹介
岸良 征彦(きしら まさひこ)
日本Web協会 専務理事(常勤)
1965年北海道生まれ。写真家。89年日本大学芸術学部写真学科卒。株式会社電通の子会社から出向し、2000年より株式会社D2Cのメディア部担当部長を経て企画担当部長。04年に株式会社D2Cに転籍。05年から10年までデジタルハリウッド大学大学院客員教授。
主な執筆:図解 iモード・マーケティング&広告(発行:東洋経済新報社)、ケータイ白書2009(発行:インプレス)など。
主な講演:Mobile Marketing Conference(主催:MMSA)講演、NETMarketing Forum2009,2010(主催:日経BP社)講演、ワイヤレスジャパン2012(主催:リックテレコム)など。
Web業界で活躍するために今や必須のスキルであるデジタルマーケティングの知識を短期間でスムーズに獲得
── 今回はインタビューにご協力いただきありがとうございます。まずは日本Web協会について教えてください。
岸良氏:日本Web協会は、一般社団法人として2005年に設立された団体です。日本Webデザイナーズ協会を前身とし、モバイルマーケティングソリューション協議会と統合して日本Webソリューションデザイン協会となり、別組織の特定非営利活動法人である日本ウェブ協会の役割を一部継承する形で現在の『日本Web協会』となっているのです。
いくつかの組織の統合と変遷を経ていて複雑に感じられるかもしれませんが、協会の目指してきたことは一貫しており、「Webを利用したサービスに従事する、企業や個人間の技術的な情報共有、社会的な地位の向上を推進する」ことを協会の使命としています。
その中で私たちがやろうとしていることは「Webのクリエイティブやマーケティングにおけるガイドラインづくり」です。Webでマスに向けたコミュニケーション活動をおこなう際、デジタルマーケティングを基点に考えると上手くいく。その考え方をクリエイターだけでなく、ビジネスでWebを扱う人にすべての人に共通認識として持ってもらい、Webのさらなる有効活用を目指したい。それが協会が考えていることなのです。
── 具体的に日本Web協会ではどんな取り組みをなさっているのですか?
岸良氏:Webアナリスト検定などの検定事業を通じた知識の共有とともに、勉強会やワークショップを主催し、Web業界全体の知識レベルの向上やクリエイターのスキルアップを目指しています。
Webアナリスト検定とは、デジタルマーケティング視点でWeb分析を行う概念と知識を習得するための検定です。合格すると認定カードが日本Web協会より発行されます。私たちが検定の対象と考えているのは、他業界からの転職者やWeb業界で活動しながら、Webクリエイティブの基盤となるデジタルマーケティングのリテラシーを身に付けたいと考えている方です。合格した日から一年間無償で個人会員(※参加は自由)になれますので、活動に参加してWebアナリストとしての更なるスキルの向上をおこない、様々なWebビシネスの中でWebアナリストとしてのスキルを役立てていただくことが可能です。
日本Web協会に至るまでの流れ
Webディレクターの業務の中で活かされるWebアナリストとしてのデジタルマーケティングに対するリテラシー
── Webアナリスト検定によって身に付けられるスキルはどのように活かされるのでしょうか?
岸良氏:Web制作の現場で舵取り役を担っているのはWebディレクターと呼ばれる職種の方々です。しかし、業界を見渡してみると、Webディレクターと呼ばれながら、個人の能力やスキルは千差万別で、一定の基準となるものがありません。コードディングが得意なディレクターもいれば、コピーライティングやデザインのクリエイティブ系が得意なディレクターもいる。営業に近いスタンスでクライアントとのやりとりを得意とするディレクターもいるでしょう。
このWebディレクターという職種を一定のかたちで標準化することはとても困難な仕事です。実際、業界の各所でWebディレクターの定義をおこなおうとしましたが上手くいっていません。また、Web制作のスキルが属人化したり、会社ごとに違うレギュレーションでものづくりがおこなわれていては、業界全体、ひいては日本のインターネット産業の発展につながりません。そこで私たちは、Webディレクターが持っているべきスキルとして、デジタルマーケティングにおけるWebの分析の力を基礎にしていこうと考え、Webアナリスト検定をスタートさせたのです。
── Webアナリスト検定は実際にどのようにおこなわれているのですか?
岸良氏:Webアナリスト検定でおこなわれるのは1日5時間の本講座の受講と、その一週間後におこなわれる試験がセットになっています。本講座ではWebやデジタルマーケティングにおける基礎用語のおさらい、Web分析におけるポイントの説明、実際にGoogle Analyticsの画面を用いて解説をおこなっていきます。
前述のとおり、検定合格後さらに1年間、協会の主催する勉強会やワークショップに無料で参加が可能で、最新情報の取得や、スキルアップにも役立てていただけます。ワークショップでは、協力企業のサイト改善を実践で体験いただいたりと、検定合格者に有益なプログラムが次々と用意されています。
Webアナリストとして必要なのはGoogle Analyticsなどの様々な分析ツールをなんのために使うのか、どう判断していくのか。Web分析を概念的に理解し、それを仕事に活用していくことです。 サイトユーザーを見て欲しいページに導く方法としてはもちろん、クライアントビジネスならクライアントに、事業会社の自社制作なら経営陣に、何を根拠にクリエイティブをおこなっていくのかの方向性を示すことがデジタルマーケティングなのです。Webビジネスをおこなっていく上で不可欠の共通認識。それがデジタルマーケティングによるWeb分析によって可能となるのです。
これらのWebビジネスで必要なデジタルマーケティングのスキルを、私たちもすべてWebアナリスト検定で身に付けられるとは考えていません。検定はあくまでスタートラインです。検定合格者自身と私たちが業界標準となる仕組みやルールを構築していければと考えているのです。
Webアナリスト検定とは?
- Googleアナリティクスを体系的に学ぶことができる
- 5時間/1日で現場のノウハウを伝授
- 受講後すぐに使え、転職の際は資格として履歴書に書くことが出来る
参照:Webアナリスト検定
現代のクリエイターはデジタルマーケティングの感覚はネイティブに持っている。だからこそ既存のマーケティングの発想にも目を向けて
── Web業界は今後どのようなかたちで推移していくと考えられますか?
岸良氏:私が大学を卒業し、広告業界に飛び込んだ1980年代後半には、まだ、Webが現在のようにテレビなどのマスメディアをしのぐ存在になるとは誰も考えていませんでした。今はまさに、マスメディアによる既存のマーケティングからデジタルマーケティングに主流が変わろうとする過渡期です。それは、テレビがラジオに取って代わったとき以上の大きな衝撃をもたらすでしょう。デジタルマーケティングが今よりもはるかに強い力を持って広告業界を席巻することは間違いありません。しかし、業界がすべてデジタル一辺倒になり、Webだけがビジネスのすべてとなるとはまた誰も考えていないでしょう。テレビや新聞、雑誌などを舞台とした、これまでのマーケティングも存続されていくのです。
ビジネスが相乗効果によって拡大していくことは誰もが知っています。しかし国内の広告業界で起こっていることは、これまでのマーケティングとデジタルマーケティングの対立に他なりません。クリエイターの技術やセンスに頼った手法と、収集されたデジタルデータからつくりあげられるクリエイティブ。そのものづくりの発想の違いは残念ながら大きな溝となって対立の図式をつくりあげているのです。しかしそれではWebと既存のマスメディアとの相乗効果は得られません。
日本が世界に誇るコンテンツには非デジタルなものも多いことは誰もがご存知のはず。今日本の広告業界、コンテンツマーケティングの世界では、これまでのマーケティングと、デジタルマーケティングの橋渡しができるクリエイターの出現を待ちわびているのです。
── 既存のマーケティングとデジタルマーケティングの橋渡しができるクリエイターとはどんな人物を指すのでしょうか?
岸良氏:仕事でも日常生活でも自然にスマホやパソコンなどのデジタルデバイスを使いこなし、PV、クリック数などのコンバージョンなどを感覚で理解できるク人はネイティブでデジタルマーケティング的なクリエイティブが可能です。そんな方には、デジタルマーケティングのスキルを磨くと同時に、これまでのマーケティングの手法にも興味を持っていただきたい。
大手企業の予算配分を考えると、これほどWebが隆盛する現在においてもテレビや他のマスメディアの占める割合は莫大です。それは共通認識となるべきWeb分析によるデジタルマーケティングがまだ世の中に浸透しきっていないからです。それは我々Webクリエイティブをおこなう人間が従来のマーケティングに置き換えてデジタルマーケティングを説明する方法は持たないからだともいえます。デジタルマーケティングを自在に扱えるクリエイターにこそ、既存のマーケティングを知り、双方の利点を活かした新たなクリエイティブに挑戦していただければと考えているのです。
── Webディレクターや事業会社のWeb担当者として今後この業界で活躍したいと考える方にメッセージをお願いします。
岸良氏:現在の業界の「人の動き」を見ると、Web制作会社やWeb広告会社から、事業会社のWeb担当者への転職が一つのトレンドとなっています。そのときに重要となるのは、事業会社の社員としての視点変化ができるかどうか。会社の利益を元手に、目的に応じた施策を実施するのがWeb担当者の立場となります。
Webサイトの制作だけを考えてればいいのではなく、広告のコンバージョン数を上げることで、商品の売れ行きにどれだけ貢献したのか、リアルに売上金額や数量に関わる立場になるのです。結果、Webやその他の広告戦略を転換するのか、継続するのかという決断をその分野の責任者として求められます。それまで、要望や目的を与えられて作っていた立場から、要望する目的を考えて実施させる立場に変わるのです。
デジタルマーケティングによるWeb分析のスキルは、Webディレクターとしてクリエイティブをおこなっていく上ではもちろん、このように事業会社のWeb担当者の立場で社内のコンセンサスを図っていく上でも重要なスキルです。さらにテレビ、新聞などのマスメディアやチラシ等の販促物、企業ブランディングの領域まで、デジタルにはないこれまでのマーケティングに関する知識やスキルも有用です。ぜひ視野を広く持って様々な業務に対応できるクリエイターとして活躍してください。
インタビューを終えて
岸良氏はプロフィールでもわかるように日本大学芸術学部の写真学科出身である。1980年代後半の写真はまだ銀塩写真が主流で、そんなモノクロームの写真の味わいの中に作家性を見出す、むしろ「デジタル嫌い」が多い世界だったといえるかもしれない。そんな非デジタルのまっ只中から、今日の日本のデジタルマーケティングの基礎づくりに奮闘した人物が出現したのである。
銀行のハウスエージェンシーから、電通、D2Cと渡り歩き、国内のインターネット黎明期にあって携帯からスタートし、パソコン、スマホへとWeb制作の共通規格=ガイドラインづくりに貢献。そのガイドラインを広めるために大学で教授を務め、さらに団体設立に奔走。上記文中では触れることができなかったが、そのインタビュー内容は取材者にとって興味が尽きないものだった。
日本Web協会の活動は、そんな日本のWebビジネスのあり方を、かたちを変えながらも定義してきた。岸良氏自身、「まだ道半ば」と語る協会の今後の更なる活動に大いに期待したい。
この記事を書いた人
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