このままでいいのか。危機感を抱くWebディレクターに向けたキャリアチェンジのヒント(後編)
現場で制作を続けるのか、マーケターとして数字を見るのか…。ベテランのWebディレクターほど悩ましい、キャリアチェンジの分岐点。いざマーケティングに舵を切ろうとしても、実績がなければアピールは難しいものです。では、Webディレクターとして将来を見据えたとき、どのようにキャリアチェンジを考えればよいのでしょうか。
前編に引き続き、日本ディレクション協会で理事を務め、Webディレクター向けの人材紹介サービスも手がけてきた助田正樹氏に話を伺いました。聞き手は引き続きマイナビクリエイターの萱沼です。
プロフィール紹介
SPEC代表 / 一般社団法人 日本ディレクション協会 理事
助田 正樹氏(写真左)
大学卒業後、メーカーでのR&D、広報などクリエイティブ業務に従事。2005年よりWebディレクターに転向し、数々のWeb施策や新規事業プロジェクトの立ち上げを経験。2012年に株式会社イノセンティブ取締役に就任。日本ディレクション協会ファウンダー。メンタルマネージャー資格保有。2020年よりSPEC.代表を務める。
株式会社マイナビワークス
萱沼 守(写真右)
2013年に株式会社マイナビワークスに入社し、Webマーケティングチームの部長として、転職情報の発信やリアルイベントの企画・運営など、集客・プロモーション全般に携わる。得意分野は、最適なSEO設計やコンテンツマーケティングによる自社サイトのグロース。ポートフォリオ作成サービス「MATCHBOX」のプロジェクトでは、プロデューサーとして企画・開発から運用まで、全体の指揮をとっている。
ただ依頼されたものを作ることがディレクターの「成功」なのか?
萱沼:前編ではWebディレクターを取り巻く環境や志向性について俯瞰的にお話していただきましたが、ここでは助田さんご自身のキャリアを通してお話できればと思います。2005年頃に業界に入られたということでしたが、どのような案件からキャリアをスタートさせたのでしょうか?
助田氏:スタートは懸賞サイトを運営しているメディア系企業でした。そこでメーリングリスト関連のサービスを作ったのが最初でした。このときはディレクター職というより、企画職で入ったんです。その翌年に転職して、本格的に開発系のディレクションをするようになります。ここで最初のデスマーチを経験しました…(苦笑)。
萱沼:どんな案件でデスマーチを経験されたんですか?
助田氏:CMS(コンテンツ・マネジメント・システム)の開発案件でした。当時はWordPressなどのCMSがまだ普及していなくて、クライアントが望む仕様に合わせてCMSを開発していたんです。今思えばとても複雑な仕様で、毎日開発メンバー10人分のレポートを抱えながらクライアントと対峙するというヘビーな現場でした。ほかにもいくつか開発案件を手がけてからフリーランスになって、今度は小さめの案件をたくさん手がけるようになったんです。
萱沼:フリーランスになると、短納期で案件を回していくようになって、目先のことに追われてしまうという勝手なイメージがあります。
助田氏:まさにそんな感じでしたね。ページ数10〜15ページのコーポレートサイトの構築を、納期1ヵ月、1件30万円くらいで請け負っていました。デザイナーを外部に発注するなどして、日々の案件を回していって。2012年くらいまでディレクターをやってきたんですが、僕自身はディレクターとして成功したとは思っていないんです。
萱沼:助田さんが思う「成功」と、どういう部分がかけ離れていたんですか?
助田氏:チャレンジをしなかったことですね。コーポレート案件ばかり受けていたからか、どうしても似たようなサイトばかりになってしまうんです。だからといって、「社運を賭けてECサイトを作りたい」という依頼が来ても、失敗するのを恐れ、断ってしまって。
萱沼:それは逆に、責任感の強さから簡単に「できます」と言えなかった、という考え方もできませんか。
助田氏:確かに「正解を出さなくては」と考えてはいました。でも、それもやり方次第だと思っていて、「正解ってこれですか?一緒にやってみましょう」と、お客さんを巻き込む形だってあったはずなんです。そこまで考えが至らなかったし、「次こそは」という悔しさもあまり感じなかった。このままずっと、頼まれたものを作るだけなんだろうなと思って、ディレクターをやめたんです。
実績がないときは「自分を変える」か「環境を変える」
萱沼:「頼まれたものを作るだけ」という焦りに共感するWebディレクターは今でも多いのではないでしょうか。助田さんはWebディレクターからキャリアに関する悩み相談を受けてきたと思いますが、どのような不安を聞くことが多かったですか?
助田氏:一番多いのは「数字」に関する不安です。制作系からマーケティング系への転職を考えている人から、「職務経歴書に書ける実績がない」とかですかね。マーケティング系へ転職するとなれば、やはりなんらかの実績を書く必要がありますから。
萱沼:確かに「要件を構造化し、KPI設計をしてきた経験」など、求人票に採用側からのリクエストが書かれることも増えていますね。ただ、実際に実績がない場合、どうやってキャリアチェンジをしたらいいのか…。助田さんはどのようにアドバイスされていたのですか?
助田氏:まだ若手なら、自分でブログを作って、GA(Google Analytics)で分析しつつ、アフィリエイトで売上を上げてみたら?と話しています。これだけでも十分な実績になると思うんです。ネットの環境が整っていて、その気にさえなれば自分でゼロからイチが作れます。あとは掛け算の問題。ゼロに何を掛けてもゼロですけど、少しでも経験ができれば増やしていけますから。
萱沼:中堅からベテランのWebディレクターの場合はどうでしょう?
助田氏:制作としては即戦力ではあるので、制作部隊とマーケティング部隊の両方を持つ企業に制作ディレクターとして入社して、社内のキャリアパスでマーケティングの方に進む、という手もあります。マーケティング側も、どういったクリエイティブなら結果が出るか知る必要があるため、制作を経験したディレクターは魅力的な人材だと思いますよ。実際に転職された事例も複数ありますね。
萱沼:先ほどのブログの話と対比するなら、「自分を変える」か「環境を変える」か、といった感じですね。
助田氏:最近は発注側のリテラシーも高まっていて、「すべて制作に任せて結果を求める」というより、「結果について一緒に考えたい」という企業も増えています。そうなると、やはりマーケティング含め、「数字」を意識できるWebディレクターが重宝されると思いますね。
役割は1つじゃない。「Webディレクター」の肩書きにとらわれないで
萱沼:将来に不安を感じるWebディレクターがいる一方で、Webディレクター自体は高いポテンシャルを持った人材だと思うんです。進行管理には段取りが重要ですし、クライアントやクリエイターとの折衝も欠かせません。現場で身につけてきたスキルはもちろん、持ち前の能力の高さもありますよね。
助田氏:そうですね。振り返ってみれば、以前の「数字を意識しないディレクション」自体、実は難易度が高いんです。数字を根拠に戦略を立てられないので、クライアントからの要件がブレやすいですし、「デザイナーとしてはこう」「エンジニアとしてはこう」とチーム内で意見が分かれてしまいがち。全体をまとめあげる力がないと、ディレクターは務まらないんですよ。
萱沼:逆に考えると、10年近く制作の現場をこなしてきたベテランディレクターともなれば、とてもタフなんでしょうね。助田さんは、制作が中心のWebディレクターとして経験してきたことは、今に活かされていると感じますか?
助田氏:活かされていますね。段取りを切って、相手に渡して、いつまでとスケジュールを引いて…みたいな、「仕切る人」のベースになるスキルですから。私は経験してよかったなと思います。
萱沼:そうしたディレクター自身が備えたスキルを活かして、キャリアチェンジされた方の事例というのもあるのでしょうか。
助田氏:特殊なパターンかもしれませんが、Webディレクター歴20年の45歳くらいの方が、事業責任者として転職された事例がありますね。さらにその方は、入社後、今までやってきたディレクションやマーケティングをやるうえで自分には「CMO(Chief Marketing Officer)」というポジションが一番ピッタリくるということで、ご自身で定義し、社内でもそのように提案して動いていたようです。主体的に動けるパワーがある方はやはり強いですね。
萱沼:そうですね。すぐに転職に結びつかなくても、勉強会に出席して新しい情報に触れたり、人脈を作ったりなど、主体的に動けることは多いですし。自分に足りないものを外の環境と照らし合わせ、ギャップを埋めていくと、新たに見えてくる景色もありそうです。
助田氏:そういう意味では、「Webディレクター」という肩書きにとらわれないでほしいと思います。制作やマーケティングなど、ディレクターに求められる役割はたくさんあって、企業によって異なります。「Webディレクター」という肩書き「1つ」に定義しきれない現状があるんです。
萱沼:人材業界では便利な言葉として「Webディレクター」というワードを使いまくっていますが、どこに光をあてるかで見えかたが大きく変わってきますからね。
助田氏:そこで改めて「本来ディレクションの役割とはなにか」「ディレクターに求められるものとはなにか」と考え直すと、視界が開けるのではと思います。「Webディレクター」という肩書きに縛られることなく、より広い範囲でキャリアを考えてみてはいかがでしょうか。
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この記事を書いた人
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